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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)102号 判決

原告

小崎光子

右訴訟代理人弁護士

井上庸一

丸井英弘

被告

武蔵野市

右代表者市長

土屋正忠

右訴訟代理人弁護士

中村護

榎本孝芳

石川隆

右指定代理人

南雲嘉正

高橋稔

右訴訟復代理人弁護士

関戸勉

南出行生

町田正男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、四〇万五七二四円及びうち二万七四四〇円に対する昭和四八年六月七日から、うち一万円に対する昭和五〇年一一月六日から、うち五七八四円に対する昭和五一年三月一六日から、うち三六万二五〇〇円に対する昭和五八年四月一日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告は、かっ(ママ)て被告の職員で被告の設置する小学校において学校給食の実施に伴う栄養士として献立の作成等を担当していたところ、被告は、学校給食の実施方法を各学校単位から共同調理場で調理したのを各学校に配送するという方式に方針変更し、そこで、教育委員会において原告をそれまで勤務していた学校から右共同調理場に配置換えした。ところが、原告は、右共同調理場方式は学校給食の制度趣旨に反するとして右配置換えに従わなかったため、被告は、右の間を無断欠勤とし、この間の給与を減額した。そこで、原告は被告に対し、右配置換えの違法・無効を主張して、右減額相当分の給与の支払を求めるとともに、右配置換えによって精神的苦痛を被ったとして不法行為に基づき慰謝料の支払を求めた。

さらに、原告は、右とは別に、勤務時間中、被告が承認しなかったにもかからず、外部の団体の主催する見学会等に参加するため欠務あるいは有給休暇を取得したため、被告は、右欠務についてはその時間相当分の給与を減額したところ、原告は被告に対し、右見学会等の参加は職務行為としての出張に該当するとして、右減額相当分の給与と出張旅費の支払を求め、右有給休暇を取得した点に関しては、右に参加するために意に反して取得せざるを得なかったので有給休暇取得請求権を侵害されたことになり、このことにより精神的苦痛を被ったとして、不法行為に基づき慰謝料の支払を求めた。

一  争いのない事実

1  当事者関係

被告は、肩書地に事務所を有する普通地方公共団体であり、地方自治法二条三項五号により教育に関する事務を行うとともに、同法一八〇条の五第一項一号、同条の八、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二条に基づき教育委員会を置き、右教育委員会は、右法律二三条三号及び一一号により教育委員会及び被告の設置する学校の職員の任免その他の人事に関する事柄並びに学校給食に関する事項を管理及び執行している。

原告は、昭和二三年三月、日本生活学院栄養本科を卒業し、同年一〇月一〇日栄養士法に基づく栄養士の資格を取得し、昭和二七年二月六日、被告に栄養士として任用され、爾来昭和五八年三月三一日付けをもって退職するまでの間、被告の設置する小学校及び調理場において学校給食の実施に伴う栄養士としての職務を行ってきた。

なお、後述する本件配置換えに至るまでの原告の所属は次のとおりであった。

(一) 昭和二七年二月六日から昭和三五年六月一九日まで 第三小学校

(二) 昭和三五年六月二〇日から昭和四六年七月四日まで 境南小学校

(三) 昭和四六年七月五日から 大野田小学校

2  北町調理場の設置

被告は、昭和四八年四月、学校給食の一括調理を目的として桜堤共同調理場(昭和四二年四月設置)に続き、大野田小学校に隣接する土地に北町調理場を設置し、この結果、被告の設置する小学校一三校中一〇校が右両調理場で調理された給食の配送を受け、就学する児童に対し給食を実施することとなった(以下、この方式による給食を「センター方式」という。)。その結果、従来どおり各校施設内の給食調理室において給食を調理し、就学する児童に対し給食を実施する学校は残る三校となった(以下、この方式を「単独校方式」という。)。

3  本件配置換え

そこで、教育委員会は、昭和四八年四月三日、大野田小学校に勤務していた原告に対し、左記のとおり北町調理場に配置を変更する旨の辞令を発した(以下「本件配置換え」という。)。

異動種目 「組織変更」

職名 「旧 技師」「新 技師」

所属部課 「旧 給食課(大野田小学校)」「新 給食課(北町調理場)」

しかし、原告は、東京都学校栄養士協議会の既定方針に従い一校一栄養士配置制を守り同校における栄養指導と学校給食用食品及び洗剤の安全性総点検を行うことを職務とする仮称「指導栄養士」の設置を同校において実現すべき旨教育委員会に要求して、右辞令に従うことを拒否した。

教育委員会は、同月一七日、原告に対し、同月二一日以降右配置換えに従わない場合には無断欠勤として取り扱う旨の執務命令を発した(〈証拠略〉)ため、原告は、右命令の効力を後日争う旨留保しつつ、同月二七日から北町調理場で就業した。

4  給与の減額支給措置

(一) 原告は、同年五月二三日午前九時三五分から同日午後〇時までの間、市民団体「給食をよくする会」主催の田無市内の田倉農園における野菜類無農薬栽培の見学(以下「本件無農薬野菜栽培見学会」という。)に参加した。なお、原告は、右参加のために車賃として八〇円を支払った。また、原告の当時の日額旅費は三〇〇円であった。

ところが、被告は、同年六月九日、原告に対し、同月分の給与を支給するに際し、合計三三時間分に相当する給与二万七〇六〇円を減額し、同年七月三日、原告に交付された地方公務員法四九条二項所定の処分説明書(〈証拠略〉)をもって、正当な理由がないのに、同年四月二三日から同月二六日まで及び同年五月二三日午前九時三五分から二時間二五分の間勤務しなかったので、武蔵野市一般職員の給与に関する条例(以下「本件給与条例」という。)一一条に従い同年六月九日に支払うべき給与から同条例一六条に規定する額を減額したものである旨説明した。

なお、原告をはじめとする栄養士は、昭和四三年頃から上司の承認を得たうえで勤務時間中に各種施設等の見学や調査を行なっているが、教育委員会は、これらの殆どを職務としての出張として取り扱ってきた。

(二) 原告は、昭和五一年二月二四日、上司に同日午後一時から同五時まで日本消費者連盟主催の茶の栽培と流通に関する講演会(以下「本件茶の栽培と流通の講演会」という。)に研修の目的で出張することを告げ、右の時間調理場を離脱したところ、被告は、同年三月一五日支給の給与中から右四時間分に相当する給与五七八四円を減額した。

5  市民集会出席不承認と有給休暇の取得

原告は、昭和四八年一〇月一二日、教育委員会に合成洗剤追放の市民集会(以下「本件合成洗剤追放市民集会」という。)に職務として出席したい旨を述べたが、同委員会はこれを認めなかったため、有給休暇を取得して右集会に参加した。

二  争点

本件の争点は、本件配置換えの有効性と違法性(不法行為性)の有無、被告の原告に対する欠務等を理由とした給与減額支給措置の適否及び本件合成洗剤追放市民集会に職務として出席することを認められなかったための有給休暇取得請求権の侵害、すなわち不法行為の成否である。

三  争点に関する当事者の主張

(原告)

1 本件配置換えの違法性

本件配置換えは、以下の理由により違法であり、効力がない。

(一) 北町調理場設置の違法性

本件配置換えは、北町調理場の設置に伴って発令されたが、同調理場の設置は、次の(二)に述べるとおり何ら合理性がないばかりか、学校教育法一八条三号及び七号並びに学校給食法二条に違反するから、本件配置換えも効力がない。

(二) 原告の同意の欠如

本件配置換えは、次に述べるとおり原告の職務内容に本質的な変更をもたらし、かつ労働条件の著しい変更を伴うから、労働契約の要素の変更であり、原告の同意がない限り効力を生じないところ、本件配置換えは原告の同意なくしてなされたので、その効力を生じない。

(1) 調理場の実態

センター方式は、単独給食に比して教育的・衛生管理的及び経済的いずれの見地に照らしても極めて不合理であり、この方式を採用することは、児童と市民に対して重大な危険と損害を与える。

まず、調理過程に従事する者が喫食児童、教師及び父母と分断されるため、人間的交流がなされず、教育が成り立たず、児童にとって適正な食事内容であるか否かの判断がなされないまま一方的、機械的に給食が実施される。

また、学校と調理場とが分断されることによって配分の誤りが発生した場合にこれを訂正することが著しく困難となる。

さらに、調理後、各校に配送する時間が必要であるが、その間に食事の質が低下し、食中毒の危険性が増大する。また、配送に要する時間だけ調理時間が圧迫されるため、調理員も心理的圧迫を受け、丁寧な調理作業ができなくなる。運搬容器も、一括大量配送に適合するよう画一的であるため、食事内容もこれによって制限され質の低下を免れない。

経費節減という見地からも、備品に要する費用、光熱水費及び消耗機材等が増大し、また分業の細分化により人件費が膨張し、経費は従前よりかえって増大している。

また、共同調理場で行われている給食材料の大量一括購入は、材料の精密な点検を困難にし、有害添加物の増大等の健康障害を招く危険性が大きい。

(2) 原告の職務内容の変更

学校給食の制度上の意義は、学校教育法一八条三号及び七号並びに学校給食法二条、学習指導要領並びに東京都教育委員会発行の学校給食の手引に定められているとおり教育の一領域である。

原告の従前の職務は右の趣旨に応じ、左の内容にわたるものであったが、センター方式の採用によりこれらすべての職務を奪われ、右に述べた学校給食の制度趣旨を実現することができなくなった。

すなわち、〈1〉給食時間に校内放送を通じ又は直接に児童に面接し、栄養及び食事習慣等について指導すること、〈2〉学級担任の求めに応じて児童の栄養及び食事習慣等について助言を与えること、〈3〉校務分掌の給食部に属し、職員朝礼及び職員会議に参加し、学校給食に関する意見を述べること、〈4〉PTAの構成員となって試食会等において父母と交流し、児童の家庭における食生活について助言すること、〈5〉「給食部」などの課外活動を指導することである。

また、栄養士法一条一項所定の栄養指導の職務は、センター方式の採用により児童、教職員及び父母との断絶を生じたため、不可能となった。

以上のように、従前実施され、かつ学校給食制度上要請されている教育の一環としての給食を行うことができなくなり、原告の職務内容は大幅に変更を余儀なくされた。

(3) 原告の労働条件の変更

〈1〉 原告の職務に対する監督権の所在の変更

従前、原告は、学校教育法二八条三項により学校長の監督に服していたが、本件配置換えにより教育委員会事務局給食課長の監督に服することとなった。

〈2〉 労働時間の変更等

原告が、従前小学校に配置されていたときの労働時間は、夏季は午前八時三〇分から午後四時まで、冬季は午前八時四五分から午後四時まで(そのうち冬期、春期及び夏期の学校休校中の勤務時間は、午前九時から午後三時まで)であったのが、北町調理場では、年間を通じて午前八時四五分から午後四時三〇分までとなり、労働時間が大幅に延長された。

〈3〉 労働強化及び労働災害

センター方式は、単に多数の単独校給食を集合したのではなく、工場制度の採用にほかならない。すなわち、機械、設備の補助として労働力を細分化して投入するシステムをとり、ここでは人間としての創造的な契機は排除され、機械、設備の稼働に従った分業制が支配する。このため単独校方式では予想もできなかった労働強化とこれによる労働災害、職業病が多発した。

(三) 労働条件明示義務違反

本件配置換えは、原告の求めにもかかわらず配置換え後の労働条件を示さないまま行われたものであるから、労働基準法一五条一項、一二〇条一号の定める労働条件明示義務に違反し、無効である。

(四) 労使慣行及び確認書違反

栄養士の配置換えは、昭和四三年以降、一か月前に内示し、本人の承諾を要件として実施してきたのであり、多数の者に対して同時に行う場合は、教育委員会の諮問機関である給食運営委員会栄養士部会の同意を必要とするとの慣行に従っていた。従前、かかる慣行は、県費職員である学校教職員についてのみ確立されており、市職員である栄養士、調理師等は、勤務場所が学校であっても、一般の市職員の異動と同様時期を選ばず、内示もなく実施されてきた。しかしながら、学校給食は、一年間を単位として計画し、実行するものであり、学期の途中でにわかに職場を変わらなければならない場合に生ずる不都合は、学校教職員の場合と何ら異なるものではないため、栄養士、調理師等についても学校教職員なみの希望と承諾による異動への要望が高まり、教育委員会も、かかる要望を無視することができなくなり、右慣行を確立せざるを得なくなったのである。以降、右慣行に従って異動が行われてきたが、昭和四六年七月五日、教育委員会は、慣行を破り、学期の途中で原告を含む栄養士六名の配置換えを行った。右栄養士らは全員右配置換えに納得できなかったので、二か月間赴任を拒んだところ、教育長は、同年八月二〇日、栄養士らの赴任を促すため、武蔵野市職員組合執行委員長との間で、「1 配置換えについては、本人の希望と承諾を尊重し、今後内示制度を確立するよう努力する。2 原則として配置換えについては学年始めとする。3 以上2点について、他の職種についても適用するよう努力する。4 なお、今回の配置換えについては一切の不利益な処分はしない。」との内容の確認書を交わした。結局、原告は、右配置換えに従い、同年九月一日、大野田小学校に赴任したが、本件配置換えは、右配置換えからわずか一年半しか経っておらず、しかも前述したように本人の希望と承諾に基づかないもので、右確認書に違反することは明白である。

また、原告は、昭和四八年二月及び三月に教育委員会から異動の希望を聴取された際、大野田小学校に留まった上、指導栄養士(仮称)として調理指導を除く学校栄養士の職務を続行したい旨の希望を述べた。これは、食品公害による健康破壊から児童を守るために不可欠であるばかりでなく、原告の所属する東京都学校給食栄養士協議会の、センター化された学校においても栄養士を配置して栄養指導の職務を遂行せしめるという方針に合致し、昭和四三年三月一八日の栄養士部会の「他の栄養士を押し退けて、他の栄養士の職場を奪うような希望は出さない」旨の申し合わせにも沿うものであった。それにもかかわらず、教育委員会は、原告の右の希望を全く検討することすらしなかった。

(五) 人事権の濫用

前述したとおり、センター方式は、全く誤ったものであったが、原告は、生徒らに対し安全でより良い給食を提供するという栄養士の使命感から右政策に一貫して反対し続けてきた。原告の希望を無視した本件配置換えは、かかる行動を取り続けてきた原告に対する報復であって、明らかに人事権の濫用に当たる。すなわち、教育委員会は、本件配置換えの前段階として、昭和四六年に原告を境南小学校から大野田小学校への配置換えを実施したが、この当時大野田小学校をセンター方式化することは既に被告内部においては決定済みであり、教育委員会は、栄養士間に「自校がセンター方式化されたときは、辞職するかセンターに赴任するかのいずれかの道を選ぶとの申し合わせに従う」との申し合わせが存在することを知りながら、大野田小学校への配置換えを実施したものであり、本件配置換えはその前段である大野田小学校への配置換えと相俟って原告を巧妙に退職に追込む意図をもってなされたのである。

(六) 結論

以上により、本件配置換えは、違法であって、原告は、これに従う義務はないから、原告が北町調理場で就労しなかった昭和四八年四月二三日から同月二六日までの間の賃金請求権を有する。

2 本件配置換えにより原告の被った精神的苦痛

原告は、教育委員会が本件配置換えを強制したことにより、以下のとおりの精神的肉体的苦痛を被った。

(一) 喫食者と給食計画・調製する者及び場所の分離、コンテナトラックによる輸送の方法、一括大量生産方式の弊害

センター方式は、学校給食の内容を著しく低下させている。これは、センター方式の構造的欠陥であって、原告及び多くの反対者が予測し、従前から指摘してきたことである。予測し得た欠陥を克服できないがゆえに被る原告の心理的打撃は著しい。

センター方式では、献立の種類、使用する食品の範囲、調理法は著しく制限された。センター方式の条件に合わせることが、献立作成の第一義となり、単独校方式時代に行ってきた献立づくりにおける創造活動はほとんど停止を余儀なくされた。そのため、栄養士としての献立づくりの技術は低下し、献立の多様化の要求にも答えられない結果となった。また、単独校方式と比較して単純作業を強いられることによっても栄養士としての原告の技術は低下している。更に、技術の低下を恐れるため、給食センターに異動を希望する栄養士は皆無なので、原告は、将来にわたっても単独校に異動する希望をもてなかった。

稀に催される喫食者との対話においても、かわりばえのしない献立を立てている栄養士として、怠慢、無能呼ばわりされた。この多数から叱正を浴びる苦痛に原告は辛くも耐えてきた。

配食数の間違いが避けられず、学校からの不足分の請求電話は週に二、三度必ずある。甚だしいときは、一日に五校中三校から連絡があり、その補充のための連絡で昼休みがとれないという状況である。また、数え違いが余りに頻繁であるため、原告らセンターの労働者は、職務に怠慢で無能であると学校職員から軽侮されている。

(二) 物資の無駄

単独校方式では一週間ごとに必要物資を発注するが、センター方式では一か月前に生鮮食料品以外を一括して購入する。学校行事等によって給食中止になった場合、物資は未使用となって残ってしまう。この中には、保管中に変質してしまい、翌月利用できないものもあり、結局廃棄せざるを得ないことがある。また、不可避的な数え違いに対処するため、毎日一校七人分を余分に作り、そのほか大量調理による型くずれが起こるため、一人一個宛の食品は、一回一〇〇食程度多く発注している。もし、型くずれが少なく、これらの食品が過剰となった場合、既にトラックが出た後であったり、また、数え違いの不足請求に応えるために調理場に保管しておくが、学校から要求のない場合は、過剰分は廃棄してしまう。これら廃棄分も、すべて父母の支払う給食費で賄われており、日常的にこれを繰り返し見ている原告は、市民の損失を看過しているがごとき苦痛を覚えるのである。

また、多人数による分業体制のため意思統一が困難で、電気と水の無駄遣いが甚だしい。また、多人数の意思不統一な作業のため、合成洗剤の無駄遣いが多く、単独校当時、栄養士の意見によって選ぶことのできた洗剤の選択権が認められなくなった。これにより、児童の健康を守り、環境汚染の防止が不可能になり、原告は著しい苦痛を覚える。

換気扇、調理用釜、洗滌機が大型となり、それらの発する騒音のため、作業環境が悪化した。この騒音の中で、調理員との連絡を行うため、大声を発し、喉を酷使するため、原告は声帯ポリープを患った。

また、多職種、多人数による給食計画の遂行による複雑な人間関係の煩わしさに絶えず悩まされた。

(三) 結論

以上のとおり、原告は、違法な本件配置換えにより精神的損害を被ったものであり、金銭に評価すれば、原告が調理場へ就労せざるを得なかった昭和四八年四月二七日から原告の退職の日まで一日につき一万円が相当である。

3 本件無農薬野菜栽培見学会参加及び本件茶の栽培と流通の講演会出席による給与の減額支給措置

原告の本件合成洗剤追放市民集会参加をも含めた本件無農薬野菜栽培見学会参加及び本件茶の栽培と流通の講演会出張は、次に述べるとおり本来の職務行為そのものであり、その間職場を離脱する行為は、職務行為としての出張に該当する。したがって、その間においても原告は、給与請求権を失わず、右出張等の際の車賃及び日額旅費についても支給を受ける権利を有する。

(一) 栄養士の職責

栄養士である原告の本来の職務行為は、調理研究、新しい献立の試作等調査研究である。そして、原告の右出張等は、いずれも原告の本来の職務である調査研究に属するものである。すなわち、原告は、かねてより児童の健康に留意すべき職責上、食品添加物の学校給食からの排除に取り組み、手作りの給食、素材からの調理、着色食品の不使用、化学調味料の不使用を実施し、入手し得る最大の範囲で無添加食品を採用してきた。そして世界一の農薬量を散布する我国の野菜類栽培の現状を憂慮し、果実類は皮を除去して供食するなどしてきたが、より抜本的な方法として無農薬の野菜類の供食をめざしてこれを一刻も早く実現したいと考え、この一環として右に参加したのである。

(二) 教育委員会における出張の取り扱い

教育委員会においては、出張に関する法令として、武蔵野市教育委員会事務局処務規程及び武蔵野市教育委員会事務専決規程があり、これらによれば、原告が給食課長に報告した前記出張等は、いずれも市外出張であり、庶務課長の専決事項であって、原告の直属課長である給食課長には決裁権限はない。給食課長は原告の出張の通告を受け、これを庶務課長に経由するにすぎない。また、庶務課長の決裁権限も、その判断基準は、単に予算の妥当性判断に限定され、職務内容に立ち入った判断は許されない。何故なら、右専決規程によれば、庶務課は、事務分掌上栄養士である原告の職務に立ち入った判断をする権限がないからである。

原告は、単独校に勤務していた当時及び調理場に勤務するに至った後を通じて、原告の行った自主研修につき、〈1〉職免条例に基づく承認不承認の措置を受けた例はなく、〈2〉本件で原告が問題としている三例を除いて旅費のほか出張日当の支給をうけており、〈3〉原告のほか上司及び他の栄養士も出張と表現しており、〈4〉単独校勤務当時事前に記載した若干例を除いて、出張の後に事務室等に保管されている「出張命令簿」と題する簿表に、原告が記載捺印するのみで、原告がなすべき手続は何もなく、出張後の復命書の提出も一件を除いてすべて省略されていたのである。これらの実態に鑑みると、原告の自主研修は、教育委員会の出張として扱われていたことが明らかである。

また、原告の行った自主研修は、いずれもこれにより調理場全体の業務及び他の栄養士の業務に及ぼす影響が最も少ない方法で、しかも、他の同僚の了解を事前に得たうえでのことであった。

本件無農薬野菜栽培見学会参加については、原告が他の一名の栄養士に遅れて北町調理場に赴任して間もない頃であり、原告が同調理場で担当する職務が未だ特定されていなかったため、原告は、既に調理指導等同調理場の業務を担当していた他の栄養士の了解を得て給食課長に出張の通告をした。

本件合成洗剤追放市民集会参加については、原告が「事務」の担当であったので、献立表作成等「事務」担当者の業務を午前中に済ませ、参加中の連絡業務については同調理場事務員に引き継ぎをして給食課長に出張の通告をした。

なお、同調理場における栄養士の業務は、右の「事務」のほか、「本調理」及び「準調理」があり、これら三種の業務を三人の栄養士が一週間ごとの輪番制で担当することになっていた。「本調理」は、午前中に、検収、調理指導、工程ごとに編成された調理員の班の間の連絡媒介、配膳、喫食法についての学校への連絡を行い、午後は調理員等他の職種との間の調理配食に関する打ち合わせ、連絡帳、調理場へ返送された残菜の点検、食器洗いに関する指導、調理室の衛生管理を担当するもので、調理作業に最も密接に関連し、三種の業務のうち最も負担の大きいものである。「準調理」は、調理過程における調味料の計量、配食するバター等の計数その他「本調理」の補助作業である。「事務」は調理室ではなく、事務室において給食課職員及び調理場事務員とともに給食運営に関する対外的、センター方式参加校及び配置員に対する連絡、献立表作成、食材の発注及び注文済物資の数量の確認、納入物資の品質管理、献立研究、収支の点検等を行うものである。

本件茶の栽培と流通の講演会出席については、原告が「準調理」担当であったので、午前中の勤務の後、他に本調理を担当していた栄養士の了解を得て給食課長に出張の通告をした。

(三) 栄養士と研修の自由

食品汚染を排除しようとする市民は、日を追うに従って増えている。小説「複合汚染」に刺激された有機農業の見直しや有機農産物の産地直送方式の拡大などがそれである。昭和五〇年、文部省は、学校給食パン用小麦粉に対するLリジン塩酸塩添加問題について、市民運動の反対の前に方針を変更せざるを得なかったが、これは、一〇年前には考えられなかったことである。食品の安全性に対する市民意識は極めて高まってきたが、栄養士のそれは、この分野では極めて遅れていると言わざるを得ない。栄養士に対する再教育の機会は不十分ながら与えられてはいるが、その講義内容には、安全性を重視するものがほとんどない。むしろ、安全性の問題は栄養士のかかわる分野ではないとする者も少なくない。しかし、食品汚染の状況に対処すること及び栄養学を従来より広い立場でとらえる考え方に基づく「公衆栄養」の講義が昭和四九年より栄養士養成課程の講義に取り入れられ、安全性の問題がようやく栄養士にとって重要な問題であると意識されるようになったのである。栄養士が安全性について市民より意識が遅れているのは、食品を全体として考えるより、その食品を栄養素の集合体としてみる立場に原因がある。全体としての食べ物の姿より、栄養素の存在を優先させてしまうのである。専門家の欠点としての偏見が栄養士においても否定できない。原告は、昭和三八年に輸入脱脂紛(ママ)乳給食反対運動を体験し、食品の最も大事な要素は安全性であると気づくに至ったのであるが、このことが契機となって、洗剤の選択研究に取り組み、境南小学校において食品添加物の少ない食品を給食物資として導入することなどを実践した。このように、栄養士の養成課程においても、再教育においても得られなかった安全性に対する知識を、自主研修によって初めて獲得したのである。

以上のような見地からすれば、栄養士の自主研修に対して、教育委員会は、最大限の尊重をすべきであって、みだりにこれを制限するがごときは許されない。

(四) 裁量権の濫用

原告の右見学会参加等に対する給与減額措置は、前述のように給食のセンター方式に反対し続けてきた原告に対する報復であって、裁量権を濫用して行われたものであって、効力がない。

(五) 結論

以上述べたとおり、原告の右見学会参加等は、本来の職務行為そのものであり、その間職場を離脱する行為は、職務行為としての出張に該当し、原告は、その間の賃金請求権、車賃請求権及び日額旅費請求権を有する。

4 有給休暇取得請求権の侵害

原告は、昭和四八年一〇月一二日、前述したとおり有給休暇を取得したが、これは、東京母親連絡会から合成洗剤追放の市民集会において栄養士としての立場から発言して欲しい旨原告及び教育委員会給食課長に要請があり、従来この種の集会には職務として出席していた慣行があったため、同課長にその旨告げたところ、同課長はこれを認めず、もしそれをするなら給与減額をする旨恫喝したため、やむなく有給休暇を取得せざるを得なかったものである。有給休暇取得請求権は、憲法二五条、二七条、労働基準法三九条に基づき、労働者をして「健康で文化的な生活」を営ましめるために保障された権利であり、労働者にとってはかけがえのない権利である。しかるに、右のような教育委員会の行為は、原告の休暇を減少せしめるがごときものであり、右権利を蔑ろにされ、不当な圧迫を加えられた原告は、精神的苦痛を受けた。

右精神的損害に対する慰謝料としては、一万円が相当である。

5 結論

以上により、原告は、

(一) 給与請求権に基づき、昭和四八年四月二三日ないし二六日及び同年五月二三日の二時間分の給与二万七〇六〇円、車賃請求権に基づき八〇円、日額旅費請求権に基づき三〇〇円及びこれらの合計金額である二万七四四〇円に対する昭和四八年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員、

(二) 慰謝料請求権に基づき、一日当たり一万円のうち一〇〇円分を一部請求することとし、昭和五八年三月三一日までの確定額である三六万二五〇〇円及びこれに対する昭和五八年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員、

(三) 給与請求権に基づき、同五一年二月二四日分の給与として五七八四円及びこれに対する昭和五一年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに

(四) 不法行為に基づく損害賠償として一万円及び昭和五〇年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員

の各支払を求める。

(被告)

1 本件配置換えの適法性

本件配置換えは、同一職級間の勤務場所又は職務担任の変更を命ずるにすぎないから、任命権者の自由な裁量に委ねられており、本人の同意は要件ではない。本件配置換えは、任命権者たる教育委員会の公正な裁量によりなされたもので、重大かつ明白な瑕疵は存在しない。

原告の主張する昭和四三年三月以降確立されている職場慣行である一か月内示、栄養士部会の同意及び本人の希望と承諾の尊重並びに昭和四六年八月二〇日付け確認書違反については、右のような職場慣行は存在せず、確認書に違反することが裁量権の濫用に該当するものでもない。

(一) 本件配置換えの必要性及び経緯

北町調理場は、昭和四八年四月、武蔵野市立学校給食共同調理場設置条例(昭和四八年市条例第一二号)に基づいて設置され、大野田小学校の給食がこれに吸収統合されることとなったので、教育委員会は、同調理場への職員の配置換え及び同小学校の給食を担当していた栄養士(技師)及び調理師の配置換えをする必要が生じた。

教育委員会は、かねてより大野田小学校に勤務する者に北町調理場に配置換えする予定である旨告げていたが、具体的に右配置換えの検討を始めた同年二月頃、原告に対し、正式に北町調理場又は他の学校に配置換えする旨告げて、原告の希望を打診した。すると、原告は、センター方式化反対の意見を縷々述べ、これを前提として単独校の給食を担当したい旨、特に指導栄養士(仮称)として大野田小学校に残りたい旨の希望を述べた。教育委員会学務課副参事(以下「副参事」という。)は、これに対して、センター方式化反対を前提とする北町調理場への配置換え拒絶には応じ難い旨、原告の言う指導栄養士(仮称)の制度は被告には存在しないので、大野田小学校に残りたいとの希望を受け入れることはできない旨回答をした。

同年三月一四日、給食運営委員会栄養士部会の定例献立研究会議の席上、副参事が配置換えについて栄養士らの希望を打診した際、北町調理場に異動する希望があるかどうかを打診した。

教育委員会は、同月二四日、原告を第五小学校に配置換えする旨の内示案を示したが、原告を含む他の栄養士らが同月二九日、昭和四四年頃栄養士部会において共同調理場に吸収される学校の栄養士が共同調理場に異動するとの協定がなされたこと、従来より右協定に沿った人事異動が行われており、それが慣行となっているので、右配置換え内示案の撤回と右協定の慣行に従った人事異動をして欲しい旨の申し入れを行った。副参事及び教育委員会庶務課長は、過去の人事異動において、吸収される学校の栄養士が共同調理場に異動している前例があり、他の栄養士との公平な人事異動をすることにおいて、前記申し入れに沿う人事異動が合理的であると判断し、同日、教育委員会としては、栄養士間の協定を尊重し、右協定に沿った人事異動を検討すると答え、翌三〇日に教育次長を交えて交渉を続行することを約した。

三月三〇日、教育次長は、栄養士八名と交渉した結果、昨日の栄養士らの申し入れを尊重し、申し入れに沿った人事異動を行うことが公平でありかつ妥当であると判断して、右内示案を撤回し、協定及び従来の人事異動例に沿った配置換えを行うことを決定し、栄養士らにその旨回答するとともに、第五小学校、境南小学校、桜堤共同調理場の各栄養士については異動を行わないこととし、原告を北町調理場に配置換えする旨決定し、同月三一日、決裁手続を経て原告に内示し、四月三日、発令した。なお、本件配置換えは、大野田小学校の給食事務を廃止し、これを北町共同調理場に統合移転するとともに、これの事務が学務課から分離したところの給食課に移転したことに伴うものであるから、組織変更にも該当するため、昭和三〇年一〇月三日武蔵野市訓令第二号「人事異動に関する用語」に従い、辞令は「組織変更」で発することとしたのである。

(二) 本件配置換えの正当性

本件配置換えの理由及び原告に対する希望の打診の経緯については、前述のとおりであり、教育委員会は、原告に対して、再三にわたり北町調理場への配置換えを打診したが、原告の配置換えに対する態度は、打診から内示に至る過程の中で、指導栄養士(仮称)として大野田小学校に残りたいというもので、北町調理場への異動については承諾しなかった。しかし、原告の指導栄養士(仮称)の希望は、被告において当時指導栄養士(仮称)なる制度は存在せず、もしこれを実施するとすれば、新たな立法により新制度を実施し、定数も議会の議決により増加させる必要があるが、法律及び条例に基づかなければならない行政の立場において、何ら法的な裏付けのない新制度をつくることができないのは当然であって、原告の不承諾には合理性がない。

しかも、教育委員会は、本人の右のような希望を最大限尊重して、一度は原告を第五小学校へ配置換えする旨の内示を非公式ながらしているのである。ところが、この内示案に対しても、原告を含む栄養士らから、栄養士間協定及び慣行に違反するとの申し入れがなされ、教育委員会としても、右協定及び慣行を尊重するのが公平にして合理的な人事であると判断し、本件配置換えを決定したのである。本人の希望を尊重するといっても、おのずから限界があるばかりでなく、原告の希望と他の栄養士らの希望とが乖離している場合に、原告のみの希望を尊重することができない場合も有り得るのである。

以上のように、本件配置換えは、過去において吸収される単独校の学校栄養士が共同調理場に配置換えになった前例や他の栄養士との公平さの確保の上からも正当なものであって、何ら裁量権の濫用はない。

(三) 確認書及び内示制度について

(1) 確認書

昭和四六年八月二〇日付け確認書の「配置換えについては、本人の希望と承諾を尊重し、今後内示制度を確立する様努力する」なる確認事項は、配置換えが当該職員の身分上の利害に関係することから、事前に本人に対し配置換え希望地を聞いたり、配置換えについて納得を求める手続を踏むことが望ましいから、教育長と武蔵野市職員組合執行委員長との間で交わされたものである。したがって、職員の配置換えに当たって、任命権者たる教育委員会が右確認事項も考慮して配置換えをしていることは言うまでもない。しかしながら、右確認事項は、本人の希望と承諾がなければ配置換えができないことを確認したものではなく、本人の希望と承諾を尊重するということであって、合理的な人事をするための基準の一つにすぎない。職員の配置換えにつき本人が不同意の場合、諸般の事情を総合考慮の上、配置換えが合理性を有し、本人の不同意理由が社会通念上合理性がないと認められるときは、任命権者は本人の同意がなくとも配置換えができるのは当然である。

(2) 確認書と内示制度との関係

右の確認書において、「内示制度を確立するよう努力する」とあるが、内示とは、発令日の数日前に人事異動について所属部課長から口頭で本人に知らせることによって心の準備をさせるものであるから、実際に確立された内示制度の内容は、本人の承諾を求める内容は盛り込まれていない。しかし、公式の内示に至る希望打診等の過程において、本人の希望と承諾を尊重する手続を行うことにしている。

前述のとおり、原告に対する本件配置換えにおいても、その内示に至る過程において、原告の希望を十分に打診している。

なお、原告は、三月三〇日の交渉に欠席しており、本件配置換えの決定を直接見聞していないことをもって、本人の希望を尊重していない旨主張するが、右に述べた一連の経過を見れば、教育委員会が、原告に対して北町調理場への配置換えを命ずる以外に選択肢を持ち得なかったことは明らかであり、これをもって本件配意換えが本人の希望を尊重したものではないとはいえない。

(四) 労働条件明示義務

原告の労働時間は、大野田小学校においても北町調理場においても同一であり、労働時間に何ら変更はなく、その他栄養士としての職務にも変更はないから、労働条件の明示義務違反の問題は生じ得ない。

2 出張不許可の適法性

任命権者たる教育委員会(任命権者が定めるところにより専決権を有する者も含む。以下同様)は、法三二条及び三九条並びに武蔵野市一般職の職員の旅費に関する条例等により、職員に対し職務出張命令又は研修出張命令を発する権限を有しており、いかなる出張命令を発するかは、出張命令権者の自由な裁量に委ねられている(武蔵野市教育委員会事務専決規程、同処務規程は決裁権と手続とを規律している。)。教育委員会の原告に対する本件二件の出張不承認は、教育委員会の合理的な裁量に基づくものであり、何らの違法もない。

(一) 本件無農薬野菜栽培見学会参加

教育委員会給食課長は、原告の申し出に対し、栄養士は午前中は本来の職務に専念すべきであり、原告が不在になると給食業務に支障を来すと判断した。すなわち、学校給食が児童の昼食用に作られるものであることは自明であるところ、共同調理場の午前中の業務は、給食を作る作業が中心となるが、栄養士の午前中の業務も、毎日の給食及びその作成過程を栄養価、衛生面など専門的知識に基づいて吟味すること及び調理師を指導することが中心となる。したがって、午前中栄養士が不在になると、調理師への指導もできなくなり、計画に基づいた給食が現実に作られたか否かの点検をなすべき者がいなくなり、児童に栄養価のある美味な食事を提供するという給食の目的を達成する上で甚だしい障害となる虞れがあるため、教育委員会は、原告の右申し出を許可しなかった。

よって、被告は、原告の右二時間二五分の職場離脱に対して、本件給与条例に基づき二時間分の給与を減額したのである。

(二) 本件茶の栽培と流通の講演会出席

教育委員会給食課長は、原告の右申し出に対し、茶の栽培と流通は給食と直接関係のない問題であると判断したため右申し出を許可しなかった。

よって、被告は、原告の右四時間の職場離脱に対して、本件給与条例に基づき四時間分の給与を減額したのである。

3 有給休暇取得請求権の侵害の有無

教育委員会給食課長は、原告の本件合成洗剤追放市民集会に出席したい旨の申し出に対し、もしこれに出席するなら給与を減額する旨恫喝したことは否認する。給食課長は、合成洗剤と給食とは直接関係のない問題であると判断したため、職務として出席することは認められない旨告げたにすぎない。

第三争点に対する判断

一  本件配置換えの有効性と違法性(不法行為性)の有無

1  本件配置換えの経緯について

(証拠・人証略)によれば、本件配置換えの経緯は以下のとおりであると認められる。

教育委員会は、昭和四〇年頃、学校給食の在り方、特に狭い校地の場合、給食設備を単独で設けるべきか、共同調理場方式がよいのか、共同調理場の場合に支障はないか等について、教育委員会の諮問機関であり校長、教頭の代表、給食担当教師、栄養士、PTAの代表で組織される給食運営委員会に諮問したところ、同委員会は、調理の方式は単独でも共同でも差し支えないこと、共同方式をとる場合には概ね五〇〇〇食、一五分以内の輸送範囲を原則とすること等を内容とする答申をした。

そこで、被告は、昭和四二年四月、武蔵野市立学校給食共同調理場設置条例(昭和四二年六月一日条例第一四号)により、二校以上の市立学校の学校給食を行うため、その調理等の業務を処理する施設として桜堤調理場を設置した。

そして、教育委員会は、同調理場に業務を吸収されることとなった学校に勤務していた栄養士を同調理場に配置換えすることとして、発令の一か月前に右配置換えを打診し、その諾否を求めたところ、全員がこれに同意し、当初の予定どおりの配置換えを実施した。また、同教育委員会は、昭和四三年四月、同調理場の業務拡大に伴って同調理場に業務を吸収される学校が新たに出たため、同校に勤務していた栄養士についても発令の一か月前に右配置換えを打診し、その諾否を求めたところ、全員がこれに同意し、当初の予定どおりの配置換えを実施した。ところが、昭和四六年七月五日、教育委員会が原告を含む六名の栄養士に対して配置換えを発令したところ、全員が右配置換えは学年度途中の配置換えは避けるという慣行に反するとして、辞令書の受領を拒絶するという事態が発生し、栄養士らと同委員会との間で紛争が生じた。このため、同年八月二〇日、教育長と原告ら栄養士が所属する自治労武蔵野市職員組合執行委員長との間で、右七月五日付で発令された栄養士の配置換えについて、「1 配置換えについては、本人の希望と承諾を尊重し、今後内示制度を確立するよう努力すること、2 原則として配置換えについては学年始めとすること、3 以上2点について、他の職種についても適用するよう努力すること、4 今回の配置換えについては一切の不利益な処分はしないこと」の四点について確認し、同意する旨の確認書(〈証拠略〉)が交わされた。

ところで、被告は、昭和四八年三月二四日、条例第一二号により右条例を一部改正し、同年四月北町調理場を設置し、原告の勤務していた大野田小学校の給食業務は同調理場に吸収されることとなった。このため、同校においては調理場が不要となり、同調理場に勤務していた原告を含む全職員を同年四月以降他に配置換えする必要が生じた。

教育委員会は、かねてから大野田小学校に勤務する者は北町調理場に配置換えする予定である旨告げていたが、具体的に右配置換えの検討を始めた同年二月頃、原告に対し、正式に北町調理場又は他の学校に配置換えする旨告げて、原告の希望を打診した。そうすると、原告は、センター方式化反対の意見を述べ、これを前提とした単独校の給食を担当したい旨、特に指導栄養士(仮称)として大野田小学校に残留したいとの希望を述べた、これに対して、副参事は、センター方式化反対を前提とする北町調理場への配置換え拒絶には応じ難い旨、原告の希望する指導栄養士(仮称)の制度は被告には存在しないので、大野田小学校に残留したいとの希望を受け入れることはできない旨を回答し、同年三月一四日、給食運営委員会栄養士部会の定例献立研究会議の席上、栄養士らの配置換えについて希望を打診した際、北町調理場に異動する希望があるかどうかを打診した。そして、副参事は、同月二四日、原告を第五小学校に、第五小学校所属の栄養士を北町調理場に、境南小学校所属の栄養士を桜堤調理場に、桜堤調理場所属の栄養士を境南小学校に、それぞれ配置換えする旨の内示案を示したところ、同月二九日、原告を含む他の栄養士らは、昭和四四年頃栄養士部会において共同調理場に吸収される学校の栄養士が共同調理場に配置されるとの協定がなされたこと、従来より右協定に沿った人事異動が行われており、それが慣行となっているので、右内示案の撤回と右協定の慣行に従った人事異動をして欲しい旨の申し入れをなした。そこで、副参事は、過去の人事異動において、吸収される学校の栄養士が共同調理場に異動している前例として昭和四二年に桜堤調理場が設置された際に被吸収校所属の栄養士が右調理場に配置換えとなった例があり、他の栄養士との公平な人事異動をすることにおいて、右申入れに沿う人事異動が合理的であると判断し、同日、教育委員会としては、栄養士間の協定を尊重し、右協定に沿った人事異動を検討すると答え、翌三〇日に教育次長を交えて交渉を続行することを約した。教育委員会は、同月三〇日、教育次長をして栄養士八名(但し、この中に原告は含まれていなかった。)と交渉した結果、栄養士らの申し入れを尊重し、申し入れに沿った人事異動を行うことが公平でありかつ妥当であると判断して、右内示案を撤回し、協定及び従来の人事異動例に沿った配置換えを行うことを決定し、栄養士らにその旨回答するとともに、第五小学校、境南小学校、桜堤共同調理場の各栄養士については異動を行わないこととし、原告を北町調理場に配置換えする旨決定し、同月三一日、副参事は、決裁手続を経て、同日出勤していなかった原告に電話で右内示を行い、四月三日、原告に対する本件配置換えの辞令が発令された。

なお、本件配置換えは、大野田小学校の給食事務を廃止し、これを北町共同調理場に統合移転するとともに、これの事務が学務課から分離したところの給食課に移転したことに伴うものであるから、組織変更にも該当するため、昭和三〇年一〇月三日武蔵野市訓令第二号「人事異動に関する用語」に従い、辞令は「組織変更」で発せられた。

2  原告の主張する本件配置換えの無効ないし違法事由の有無について

(一) 学校教育法一八条三号及び七号並びに学校給食法二条違反について

原告は、本件配置換えの異動先である北町調理場は学校教育法一八条三号及び七号並びに学校給食法二条に違反して設置されたものであるから、これに配置換えする旨の転任は違法であって効力がないと主張する。

しかしながら、公務員の任用行為と施設の設置とは次元の異なる問題であるから、およそ設置の根拠を欠く場合や施設が存在しない場合などのように施設の実体を全く欠くような場合であれば格別、そうでない限り、設置に瑕疵があっても、それは配置換えの効力自体に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。

北町調理場は、前記認定のとおり、その設置根拠と合理性とを有して設置されたのであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

なお、原告の主張するセンター方式化に対する批判は批判として一応受け止めることができるが、学校給食制度をどのような運営形態とするかは被告の政策問題であるから、本件配置換えの効力を判断するにはかかわりのないと(ママ)事柄であるというべきである。

(二) 同意がないことについて

本件配置換えは、組織変更によるものであって、職名及び所属部課のいずれにも変更がなく、単に勤務場所が変更されたにすぎないから、これについて原告の同意を要すると解すべき根拠はない。

したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。

(三) 労働条件明示義務違反について

労働基準法一五条一項の労働条件明示義務は、労働契約の締結に際して使用者に労働条件を明示すべき義務を定めたものであることが明らかであり、これが本件のような配置換えに適用ないし準用されると解することはできず、他にこれを定めた根拠規定もない。

したがって、この点に関する原告の主張も失当である。

(四) 労使慣行及び確認書違反について

原告の主張する教育長と武蔵野市職員組合執行委員長との間で交わされた確認書(〈証拠略〉)には、その一項で配置換えについては当該職員の希望を尊重し、配置換えについての当該職員の承諾を得るように最大限努力するとともに、今後内示制度を確立するように努力することが確認されている。右確認書の趣旨は、配置換えは当該職員の処遇及び執務等の上に多大の影響を及ぼすことからこれについての当該職員の希望を尊重し、承諾を得て実施するように最大限の努力をすることと、予め配置換えを当該職員に知らせることによる諾否及び事前準備の機会を与えるなどのために内示制度を確立することに努力することにあり、被告にこの努力目標以上のさらなる義務を負わせたこと、すなわち、当該職員の承諾なくして配置換えをすることができないとか、内示を欠いた配置換えはその効力を生じないことまで確認したものでないことは右文言の解釈上明らかである。そこで、被告は、職員を配置換えするに当たっては事前に当該職員に内示をするような運用をするようになった(〈証拠略〉)が、当該職員の承諾の有無は一応考慮対象とはするけれども、これがなくとも配置換えをするといった運用をしてきており(〈証拠略〉)、そして、これ以上に原告の主張するような慣行の存在することを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告の承諾なくしてなされた本件配置換えが原告の主張するような慣行に違反するとか、右確認書に違反するということにはならないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

なお、原告は、昭和四八年二月及び三月に教育委員会から異動の希望を聴取された際、大野田小学校に留まった上、指導栄養士(仮称)として調理指導を除く学校栄養士の職務を続行したい旨の希望を述べたが、これは、食品公害による健康破壊から児童を守るために不可欠であるばかりでなく、原告の所属する東京都学校給食栄養士協議会のセンター方式化された学校においても栄養士を配置して栄養指導の職務を遂行せしめるという方針に合致し、昭和四三年三月一八日の栄養士部会の「他の栄養士を押し退けて、他の栄養士の職場を奪うような希望は出さない」旨の申し合わせにも沿うものであったにもかかわらず、教育委員会は、原告の右の希望を全く検討することすらせず、これは原告の意思を無視するものである旨を主張する。

しかしながら、センター方式化された学校に栄養士をなお配置するか否か及びそこにどの栄養士を配置するかはすべて教育委員会の裁量に委ねられた事柄であると解すべきであって、たとえ原告の主張するような事情があったとしても、右裁量権の行使には何らの影響を及ぼすことはないと解すべきである。

したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。

(五) 人事権の濫用について

既に認定したところによれば、原告の勤務していた大野田小学校では、給食業務を新設された北町調理場に吸収されることとなったため、調理場が不要となり、校舎の改築に伴って昭和四八年二月に取り壊され、同調理場に勤務していた原告を含む全職員を同年四月以降他に配置換えする必要が生じたが、昭和四二年に桜堤調理場が設置された際、原告をはじめとする栄養士の団体から、吸収される学校の栄養士が右調理場に移ることにすべきであるとの要望が出され、これに従って配置換えを行ったという経緯があったため、このときも吸収される大野田小学校所属の栄養士を北町調理場に配置換えすることが適切であると判断し、原告を同調理場に配置換えする旨の内示を行ったというのであって、以上の本件配置換えに至った経緯に鑑みると、本件配置換えは必然的ともいえる措置であって、そこに人事権の濫用にわたるような何らの事情も窺われない。

原告は、本件配置換えは、センター方式に一貫して反対し続けてきた原告に対する報復人事である旨主張し、(証拠略)にはこれに沿う記載があり、また、原告本人尋問の結果中にもこれに沿う供述部分があるが、これらは、右認定事実と対比して信用することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠もない。

したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。

3  結論

以上述べたところから明らかなとおり、本件配置換えにはこれを無効とする事由は認められず、有効である。

そうであるとするならば、昭和四八年四月二三日から同月二六日まで北町調理場で勤務しなかった原告は、その間の給与請求権を有するものではない。そして、弁論の全趣旨によれば、被告は、後述する五月二三日の分と併せて武蔵野市一般職員の給与に関する条例一一条に従い同年六月九日に支給すべき給与から同条一(ママ)六条に規定する額として二万七〇六〇円を減額したことが認められるから、原告の同年四月二三日から同月二六日までの給与請求は理由がない。

また、本件配置換えが違法であることを認めるに足りる証拠もないから、この違法を前提とした慰謝料請求も理由がない。

二  被告の原告に対する給与減額支給措置の適否

任命権者たる教育委員会は、地方公務員法三二条及び三九条並びに武蔵野市一般職の職員の旅費に関する条例(〈証拠略〉)等により、職員に対し職務出張命令又は研修出張命令を発する権限を有する。いかなる出張命令を発するかは、出張命令権者の自由な裁量に委ねられていると解される(武蔵野市教育委員会事務専決規程(〈証拠略〉)、同処務規程(〈証拠略〉)は決裁権と手続とを規律している。)。

原告は、栄養士としての職務を全うするためには、食品の個々の栄養素だけではなく、食品についての安全性そして喫食者が感じる美味についての調査研究が不可欠であり、日常の調査研究活動が重要であり、事実、教育委員会においても、研修を目的とする出張については、現実の給食作りに支障がない範囲で原告の判断を第一次的に尊重し、所属長へ届け出るだけで、所属長が事後承認するという運用がなされており、原告と被告との間の出張手続は、講学上の禁止の解除という意味での許可手続ではなく、届け出であり、教育委員会は、右届け出が学校給食に関係のない事項である場合や給食活動に支障が生ずると予想される場合にのみ不承認ができるという取り扱いになっていた旨を主張する。

確かに、栄養士の職務において日常の調査研究活動が重要であることは否定できないとしても、行政の一環としてこれを行う以上、教育委員会の有する裁量権の範囲内でこれを行うべきことは論をまたないところであって、原告の右主張は採用の限りではない。

そこで、教育委員会が原告に対して本件の二件について出張を承認しなかったことが教育委員会の合理的な裁量を逸脱したものか否かについて検討する。

1  本件無農薬野菜栽培見学会について

(証拠略)によれば、昭和四八年五月二三日の出張不許可の経緯については以下のとおりであることが認められる。

原告は、かねてから野菜に散布されている農薬によって喫食者である児童の健康が害されることを心配し、学校給食において果実類は皮を除去して供するなどの工夫をしてきたが、より抜本的な方法として無農薬栽培による野菜の供食を実現したいと考えていたところ、田無市において野菜の無農薬栽培を実践している田倉農園において、市民団体である「給食をよくする会」が主催する見学会が開催されることを知り、これに参加すべく同日午前九時三五分から同日午後〇時までの間、栄養士の職務として出張する旨を教育委員会に申し出た。

なお、原告は、右申し出に際し、右当日に北町調理場で業務を担当することとなっていた他の栄養士の了解を得ていた。

原告の右申し出に対し、給食課長(同年四月一日から学務課から給食課が分離し、給食事務を給食課が取り扱うこととされたため、従前学務課副参事の行っていた事務を給食課長が行うようになった。)は、栄養士は午前中は本来の職務に専念すべきであり、原告が不在になると給食業務に支障を来すと判断した。すなわち、学校給食が児童の昼食用に作られるものであることは自明であるが、共同調理場の午前中の業務は、給食を作る作業が中心となるが、栄養士の午前中の業務も、毎日の給食及びその作成過程を栄養価、衛生面など専門的知識に基づいて吟味すること及び調理師を指導することが中心となる。したがって、午前中栄養士がいないと、調理師への指導もできなくなり、計画に基づいた給食が現実に作られたか否かの点検をなすべき者がいなくなり、児童に栄養価のある美味な食事を提供するという給食の目的を達成する上で甚だしい障害となる虞れがあるため、給食課長は、原告の右申し出を許可しなかった。

しかし、原告は、右当日、右見学会に参加するため、右時間職務を離脱した。

そこで、被告は、前述した四月二三日から同月二六日までの分と併せて五月二三日の二時間分について、武蔵野市一般職員の給与に関する条例一一条に従い同年六月九日に支給すべき給与から同条例一六条に規定する額を減額した。

以上の事実関係の下では、教育委員会が出張に関する裁量権を濫用したとは認められないのであって、原告の主張は理由がない。

2  本件茶の栽培と流通の講演会出席について

(証拠・人証略)によれば、右の出張不許可の経緯については以下のとおりであることが認められる。

原告は、藤枝市で無農薬で茶を栽培している臼井太衛氏を講師として「茶の栽培と流通」と題する講演会が、昭和五一年二月二四日に日本消費者連盟の主催で行われることを知り、かねてより米飯給食には緑茶が欠かせず、パン食においても紅茶は不可欠であると考えていたことから、これに出席しようと、右当日の午後出張する旨を教育委員会に届け出た。

なお、右届出に際し、原告は、右当日は調理過程において調味料の計量、配食するバター等の計数その他「本調理」の補助業務を行う「準調理」の担当となっていたので、当日午後栄養士の業務のうち最も負担の大きい業務である「本調理」を担当することとなっていた栄養士の了解を得た。

原告の右申し出に対し、給食課長は、茶の栽培と流通は給食と直接関係のない事柄であると判断したため右申し出を許可しなかった。

しかし、原告は、前述したとおり右講演会に出席して右時間職務を離脱したので、被告は、武蔵野市一般職員の給与に関する条例に従い、昭和五一年三月一五日に支給すべき給与から右四時間分に相当する五七八四円を控除して支給した。

以上の事実関係の下では、教育委員会が出張に関する裁量権を濫用したとは認められないのであって、原告の主張は理由がない。

三  有給休暇取得請求権の侵害―不法行為の成否について

原告の主張は、本件合成洗剤追放市民集会に出張の許可が得られなかったから、本来健康で文化的な生活を営むために保障されている有給休暇をもってこれに充てることを余儀なくされ、その結果、右権利を侵害され、精神的苦痛を被ったとの趣旨と解される。

しかしながら、原告は、右市民集会に出席する職務上の義務を負っていたわけではなく、これに有給休暇を取得して出席するか否かは原告の自由に決し得るところであり、また、教育委員会は職員の出張に関して広範な裁量権を有していることも前述したとおりであるから、教育委員会が原告の右出張を許可しなかったからといってこれが違法となるものでもない。

したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 合田智子 裁判官 蓮井俊治)

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